「肩関節疾患における至適X線撮影法の選択」
とうかい整形外科かわげ 難波一能
肩関節(脱臼)の歴史は、BC3000〜2500年のパピルス古文書に記載されており、BC1200年にはKocher法同様の壁画などが発見されている。外科的治療は、「医学の父」ともよばれているHippocrates(BC460-377年)の時代にはおこなわれていた。そして、1950年代までは「忘れられた関節」と呼ばれるように、研究や臨床結果も大きく進歩はしなかった。1990年代以降は画像診断機器や関節鏡治療法などの進歩、若年者における初回脱臼後の固定法など大きな進歩を続けている。
人類は四足歩行から二足歩行に移行し、繊細な動きをもつ手を獲得した。さらに、その手を自由に動かすことのできる肩関節の「可動性」、それを保持することができる「安定性」が肩甲帯の特徴である。日頃、臨床で遭遇する肩関節複合体の疾患は、主に「可動性」と「安定性」の破鍵であるため、解剖や機能を十分理解しておかなければならない。
今回は、肩関節の解剖・機能解剖、バイオメカニクスを解説し、最新の知見を含めた疾患別撮影法の重要性を述べる。ここでは、主に基本撮影法を含めた疾患別至敵X線撮影法について、それらのごく一部を簡単にまとめる。
肩関節の可動性は、人体の中で最大であり、機能解剖が複雑である。このことから肩関節には多くの疾患が存在し、多くの撮影法が存在する。
いくつかの文献や教科書において、撮影肢位やX線入射角度は異なり、施設内や施設間でもばらつきが多い。本題の前に、肩関節撮影法の基本となる肢位は中間位であること、さらに、中間位における肩甲関節窩と上腕骨頭(大結節facet)の関係について解説し、基本撮影となる肩関節前後撮影(True-AP、Routine-AP)、軸位撮影、Scapula-Yを復習する。中間位における肩甲関節窩と上腕骨頭(大結節facet)の関係が理解できていれば、肩関節前後撮影での内外旋撮影、軸位撮影、Scapula-Yにおいて再現性のある画像を得ることができ、全ての構造物の辺縁をとらえることができる。
疾患別撮影法では、非外傷性疾患(肩関節周炎、石灰性腱炎)、外傷性疾患(腱板断裂、外傷性肩関節脱臼、肩甲骨体部骨折、肩
甲骨頚部骨折、関節窩骨折、肩峰骨折、鳥口突起骨折、肩甲棘骨に分けて述べる。
非外傷性疾患の撮影は、True-APと軸位でおこなう。True-APでは、関節腔や肩関節複合体の内外縁、上下縁が描出され、軸位ではこれらの前後縁を描出する。軸位の体位は、立位・座位・仰臥位・側臥位があり、外転角も60˚と90˚がある。文献では90˚外転がやや多いが、今回は、患者や術者にも安楽な座位を中心に解説する。
石灰性腱炎の治療は、石灰化部の破砕や吸引、局所麻酔剤や副腎皮質ホルモン剤の注射を行うため、確実に石灰化部を特定する必要がある。肩関節周囲炎は除外診断に用いる
腱板損傷においては、True-APと軸位を基本とする。機能撮影として、Scapula-45撮影やゼロポジション撮影も有用である。True-APにおける特徴的画像所見として、AHI(acromiohumeral interval)の狭小化(humeral headの上方化)や大結節皮質の不正像、解剖頚後方の嚢腫、関節窩、肩峰の骨棘、などがあるが単純X線画像のみで確定診断とまでは至らない。さらに、高齢者では無症候性断裂が多いため、単純X線撮影のみならず、MRIや超音波検査でも注意が必要である。
外傷性肩関節脱臼は、前方脱臼が95〜98%と報告されていることから、前方脱臼について述べる。脱臼することにより、どのような損傷が起こるかを理解していれば、撮影法はおのずと決定する。撮影法は、脱臼時と脱臼整復後ではことなる。脱臼時は、True-APとScapula-Yにより脱臼方向の確認と整復に支障をきたす骨折・転位骨片を描出することにある。Hill-Sachs lesionのかみ込み検出には、west-pointや45˚cranio-caudal撮影により行う。45˚cranio-caudal撮影は、関節窩前下方の病変を描出するwest-pointとHill-Sachs lesionを検出するStrykerの複合撮影である。肩関節の外転や屈曲を必要とせず、体幹・上肢はRoutine-APで、座位や立位、仰臥位でもX線入射方向を変化させるだけで関節窩、上腕骨後方、肩甲骨後方を観察することか可能である。
脱臼整復後は、外転外旋水平伸展を避ける。上腕下垂位外旋は可能であるため、中間位撮影を基本とし、True-AP、45˚cranio-caudal撮影をおこない、骨性Bankartの検出やHill-Sachs、その他骨傷検索をおこなう。肩関節脱臼の最後に、外傷性肩関節前方不安定症における最新の撮影法とengaging Hill-Sachs lesionを鑑別するglenoid trackについて述べる。
肩甲骨骨折は、80〜95%が複合損傷となり、肋骨骨折が肋骨骨折25〜45%, 肺損傷15〜55%, 頭蓋骨骨折25%、中枢神経系障害5%, 血管損傷11%, 内臓損傷8%といわれている。さらに、鎖骨骨折も高度に合併する。このことから肩甲骨骨折撮影は、まず、routine-APを撮影し、肩関節複合体すべてを読影し、特殊撮影へ移行する。