脳梗塞を診る

立花病院  伊藤 薫 

 

 脳血管障害( cerebro vascular disease )

  一般的には血管の病変が原因となって脳に何らかの障害をきたすものをいう。

  脳の病理的変化としては、虚血性の変化と頭蓋内出血とがその大多数を占める。

 

 T.脳出血( cerebral hemorrhage )

  脳動脈の破錠によるもの。とくに高血圧症を伴った動脈硬化症に続発して生ずるものが最も多い。このほか、動脈瘤または血管腫のような血管形成異常や脳内の血管が破錠して脳実質が圧迫、浸潤、破壊されることによって発症する。

  (症状)前駆症状を伴わず、多くの場合突然発作が始まり急速に進行。激しい頭痛、悪心、嘔吐、痙攣をもってはじまり運動障害、知覚障害、失禁、言語障害、視力障害を起こしながら意識障害があらわれる。

  (予後)出血の部位、大きさおよびその原因によって異なる。脳幹部または脳室内出血の予後は悪い。発作後、生存した場合には神経の脱落症状を伴うか、徐々に回復する。運動麻痺の回復は上肢よりも下肢の方がよい。

 

 U.虚血性病変(transient cerebral ischemia)

  血栓や塞栓などにより、脳が不可逆的な梗塞に陥ってしまった場合いう。

 

 脳梗塞(cerebral infarction)

  別名 脳軟化症ともいわれる。脳を栄養する動脈の閉塞、または狭窄のため、脳虚血を来たし、脳組織が酸素、または栄養の不足のため壊死、または壊死に近い状態になることをいう。また、それによる諸症状も脳梗塞と呼ばれる事がある。なかでも、症状が激烈で(片麻痺、意識障害、失語など)突然に発症したものは、他の原因によるものも含め、一般に脳卒中と呼ばれる。それに対して、緩徐に進行して痴呆(脳血管性痴呆)などの形をとるものもある。

  日本人の死亡原因のなかでも多くを占めている高頻度な疾患である上、後遺症を残して介護が必要となることが多く福祉の面でも大きな課題を伴う疾患である。

 

  脳卒中(cerebral apoplexy)

   脳の循環が急激に障害されることによって意識障害と神経系の脱落症状すなわち代表的には運動障害、言語障害などが起こることをいう。

   原因によって脳出血、脳血栓、脳塞栓、クモ膜下出血、一過性脳虚血発作、高血圧性脳症などに分類される。

一過性脳虚血発作(TIA:transient cerebral ischemic attack)

脳の虚血により一過性に脳の巣症状を呈するが発作後24時間以内に症状が消失するもの。

広義には全身血圧下降に伴って起こる脳の循環不全を含むが、狭義には主として頭蓋内外の血管のアテローム硬化を基盤とした反復性局所性脳虚血発作を意味する。

病因としては、頭蓋外(頸部)脳血管のアテローム斑による動脈狭窄に関連して形成された血小板フィブリン血栓、ないしはこれに赤血球を含んだ凝集物が微小塞栓子( microembolus)として遊離し、それが末梢の分岐部に定着し、断片化して流れ去るまで脳血流を遮断するために発症するという考え方が支配的である。(図−1)

  頭蓋外血管狭窄性病変の好発部位 (図−2)

虚血性脳血管障害と関連する頭蓋外動脈の狭窄が好発する部位は、頸動脈の分岐部、次いで椎骨動脈近位部であり、明らかな左右差はない。これらの部位における閉塞の頻度は、狭窄の約1/4である。さらに鎖骨下動脈近位部の狭窄も比較的高頻度にみられるが、この場合は左側に多い。左鎖骨下動脈近位部の閉塞は右側の3倍にも及ぶ。

診断の要領

TIAは発症時、あるいは有症状時に医師を受診することはむしろ少なく、患者より聴取した病歴により診断しなくてはならないことが多い。そのため、いかに正確な病歴を得るかが重要である。

   TIAの予後

    TIAの発作後に脳梗塞の発生する頻度は15〜30%で、最初のTIAから数ヶ月以内が

多い。TIAより脳梗塞への移行は、発作持続時間の短いものに高率にみられ、椎骨脳

底動脈系のTIAよりも頸動脈系のTIAにより多い。TIAの死因としては、心筋梗塞が脳梗塞より多いことが指摘されている。

可逆性虚血性神経症状(RIND:reversible ischemic neurological deficit)

  脳の虚血性症状の持続時間がTIAよりも長いが三週間以内に消失する。

  TIA同様、脳梗塞の警告発作と考えてよい。

 

V.NINDS(National Institute of Neurological Disorders and Stroke)による脳梗塞の分類

  A,発症機序による分類

   1】血栓性(thrombotic)

    血栓とは血管内の血液が何らかの原因で塊を形成することであり、主に血管壁が障害されることにより起きる。通常、血栓の役割は止血である。止血が完了し障害された部位が修復されると血栓は消える。これを線溶作用と言う。しかし、その線溶作用が働かずに血栓が肥厚し血管を塞ぐことにより、血栓が出来た下位の部位で虚血や梗塞が引き起こされる。それを血栓症という。また、血栓がはがれて別の場所の血管を塞ぐことを血栓塞栓症という。

@  種類

白色血栓:おもに動脈内に出来る血栓。機序としては血小板がおもに関わる。

赤色血栓:おもに静脈内にできる血栓。赤血球がフィブリンの中に多く取り込まれるため赤く見える。機序としては血液凝固反応が関わっている。

混合血栓:白色血栓、赤色血栓両方が混在しているもの。

A  成因

血栓の形成には3つの大きな要因が存在する。それをウイルヒョウの三要素と呼ぶ。

a.  血管内皮細胞の傷害

      喫煙や高脂血症、高血圧、肥満、糖尿病などが原因で血管内皮細胞が傷つきそこから血栓が生じる。

b.  血流の緩慢

      ギプス固定や長時間の同じ姿勢による血管の圧迫による血流の緩慢または停止している場所や、動脈瘤、静脈瘤、心臓内など血流が渦巻く場所に血栓が生じやすい。

c.  血液性状の変化(粘調度の増加、繊維素溶解活性低下、血液凝固因子の増加)

      高脂血症や脱水症状時、妊娠、出産時、老齢などでは血液成分が変化しているため血栓が生じやすい。

B  基礎疾患:心内膜炎・高血圧・高脂血症・抗リン脂質抗体症候群

C  血栓による疾患:エコノミークラス症候群・播種性血管内凝固症候群(DIC)

D  臨床像:心筋梗塞・脳梗塞・肺梗塞・閉塞性動脈硬化症・バージャー病

   2】塞栓症(embolic)

    動脈硬化性ないしリウマチ性心疾患に続発する心房細動の結果 心臓内にできた血栓が剥離し、血流を介して脳に至り脳血管を閉塞して起こすことが最も多い。

    その他、心筋梗塞を起こした際できた左室内膜上の凝血、細菌性心内膜炎など

・神経症状は脳血栓の場合と差はない

・脳血栓と比べると次のような特徴を有する

@  若年者に多い A多くに場合前駆症状を欠く B急激に起こる

     C痙攣を見ることが多い D原因疾患として心臓疾患をもっていることが多い

E既往にも脳あるいは他臓器に塞栓を起こしていることがある。

3】血行力学性(hemodynamic)

    以前から詰まっているor強い狭窄があるところに血圧や心拍出量低下、著しい徐脈等血行力学的な変化が起こって発症したものをいう。

B.臨床病型(臨床カテゴリー)

   1】アテローム血栓性脳梗塞(atherothrombotic)

     動脈硬化によって動脈壁に沈着したアテローム(粥腫)のため動脈内腔が狭小化し、十分な脳血流を保てなくなったもの。また、アテロームが動脈壁から剥がれ落ちて末梢に詰まったものもアテローム血栓性に分類される。

     アテロームは徐々に成長して血流障害を起こしていくことから、その経過の中で側副血行路が成長するなどある程度代償が可能で、壊死範囲はそれほど大きくならない傾向がある。

     また、脳梗塞発症以前から壊死に至らない程度の脳虚血症状(一過性脳虚血発作TIA)を起こすことが多く、このTIAに対する対処が脳血栓の予防において重要である。

     リスクファクターは、喫煙、肥満、糖尿病、高脂血症、高血圧など。

     予防は、抗血小板薬によってアテロームの成長を抑制すること、高血圧・糖尿病・高脂血症は加療すること、また飲水を心がけて血流を良好に保つことである。

   2】心原性脳塞栓症(cardioembolic)

    脳血管の病変ではなく、より上流から流れてきた血栓(栓子)が詰まることで起きる脳虚血。それまで健常だった血流が突然閉塞するため、壊死範囲はより大きく、症状はより激烈になる傾向がある。原因として最も多いのは心臓で生成する血栓であり、そのほとんどは不整脈(心房細動)に起因するものである。このほか、ちぎれた腫瘍が流れてきて詰まる腫瘍塞栓などもこれに含まれる。

    心房細動は無症状のことも多く心機能もそれほど低下しないため、合併するの脳塞栓の予防が最も重要になる。心房が有効に収縮しないため内部でよどんだ血液が凝固して血栓となるが、すぐには分解されないほどの大きな血栓が流出した場合に脳塞栓の原因となる。特に流出しやすいのが心房細動の停止した(正常に戻った)直後であるため、心房細動を不用意に治療するのは禁忌となる。(ただし、心房細動開始後48時間以内なら大きな血栓は形成されておらず安全とされる)

    予防には抗凝固薬を用いるが、抗血小板薬と併用することでさらに予防効果の高まることが示されている。

   3】ラクナ梗塞(lacunar)

    ラクナ梗塞は本来、直径15o以下の小さな梗塞を意味する。しかし、この梗塞は上記の2種類とは違った機序が関わっているとみられていることからそれ自体がひとつの分類となっている。

    主に穿通枝動脈が硝子変性を起こして閉塞するという機序によるもので、リスクファクターは高血圧。症状は軽度、または限定されたものであることが多く、まったく無症状であることも多い。意識障害を認めることはほとんどない。

    多発性脳梗塞とよばれるもののほとんどはこのラクナ梗塞の多発であり、多発することで痴呆・パーキンソニズム(脳血管性パーキンソン症候群)の原因となることがある。

   4】その他

    血行動態性(hemodynamic)

     一時的に血圧が下がったために、脳の一部が十分な血流を得ることができなくなって壊死に陥ったもの。血栓性や塞栓性では壊死しにくい分水嶺領域に発症することが特徴的である。分水嶺領域(watershed area)とは、どの動脈に栄養されているかで脳を区分した時に、その境目に当たる区域のことである。この部分は、一方の動脈が閉塞してももう一方から血流が得られるため動脈の閉塞に強い。しかし、動脈本幹から遠いため血圧低下時には虚血に陥りやすいのである。

 

 画像診断の役割

  ◎ 初期診断の手助け

◎ 脳損傷の程度を評価    CT,MRI,AGなどを用いて病巣の検出を行う

◎ 脳損傷の回復性を評価

 

  *MRIの意義

  ・形態学的情報

    病変と正常組織間での高い濃度分解能

    後頭蓋窩病変が正確に把握できる

    任意の断面が1回で得られる

    閉塞血管や病型分類と発症機序(血栓症、塞栓症、血行力学性)が推測可能

  ・血管、血流および代謝情報

    flow voidの消失や血管内腔の情報から閉塞血管や動脈解離の診断が可能

    MRAでの脳血管スクリーニングが可能

    PWIによる脳血流の情報が得られる

    DWIとPWIのミスマッチからペナンブラ組織を推定可能

  ・脳梗塞超急性期における役割

  ・陳旧性病巣の鑑別(梗塞か出血か)

  ・発症からの時間経過の推定

  ・Functional MRIによる機能局在

脳血流の変化を血中の酸素化されたヘモグロビンと脱酸素化されたヘモグロビンの

磁化率の違いに基づいて観察している。磁化率の違いを大きな信号強度の差として

画像に表したものである。

*CTの役割

   ・出血性病変の否定 (超急性期、急性期)

   ・MRIより簡便 (24時間以降から病変同定)

   ・CTAによる血管スクリーニング可能

   ・MRI同様にfogging effectが起きる (亜急性期2〜4週)

        即ち、灰白質 (皮質、基底核)で梗塞巣がぼけて不明瞭化してくる

   ・MRI同様に梗塞巣の萎縮とそれによる変形が起こる (慢性期1ヵ月以降)

  *脳梗塞で各臨床病型の鑑別診断を表に示した

最後に脳梗塞の代表症例を梗塞部位別に発症機序と神経症候について考えてみた

        拡大してみる

 

 

 

                                  

以上

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