肺水腫について
吉野病院 渡部 祐樹
肺炎についてという題目でしたが、肺水腫を経験しましたので変更させていただいて肺水腫についての症例報告をしたいと思います。
まず、肺水腫について示します。肺水腫とは、肺血管外の肺間質および肺胞に水分の異常な貯留をきたした状態と定義されており、原因としては、一般的に心原性と非心原性に分けられます。心原性の場合は、左房圧の上昇により肺毛細血管に滲出機転が働き肺水腫を生じます。血清が血管外に漏出し、組織間液が増加し、さらに肺胞内へと漏出した状態で、肺うっ血の強い左心不全、毛細管壁の透過性の異常に亢進した腎不全、強力な刺激物の吸入の時などに起こります。
非心原性の場合は、成人呼吸促迫症候群に代表されるように急性肺障害により肺毛細血管より滲出が起こり、肺水腫が起こります。その他の原因として、高値肺水腫、再還流性肺水腫、再膨張性肺水腫などが挙げられます。
主な症状としては、急に生じる息苦しさと起坐呼吸(座っている方が呼吸が楽である)、呼吸回数が増える、胸が痛い、悪心・嘔吐、咳込む、脈が速くなる、ピンク色の泡状の痰が出るなどがあらわれます。
成人呼吸促迫症候群の特徴を示します。
・ 胸部X線写真上において、びまん性浸潤影を認める。
・ 高酸素下において、低酸素血症の改善が認められない。
・ 肺動脈楔入圧が低い。
・ 呼吸困難を起こす。
・ チアノーゼが見られる。
・ 泡沫を多く含んだ痰を多量に喀出。
などが挙げられ、これらの症状を認めれば、成人呼吸促迫症候群の可能性が高いと言えます。
成人呼吸促迫症候群におけるX線所見を示します。
・ 肺胞充満陰影
・ 下肺に部分的な無気肺の形成
・ 疾患初期に肺末梢部に斑点状陰影
・ 末梢気道性、肺胞性塊状影で、ロゼット性陰影で、1p以下の辺縁不鮮明な塊状影
・ 合体した陰影
・ airbronchogram
・ 肺内分布の特徴的な形
肺葉性、区域性、中心性(こうもり翼状または蝶形)、
末梢性(中心性陰影の欠如)
・ スリガラス陰影
などを認めます。
肺胞性肺水腫における、X線所見を示します。
・ 辺縁不鮮明で融合傾向のある淡い陰影
・ 蝶形陰影(butterfly shadow)
・ airbronchogram。
・ 心陰影の拡大
・ 上肺野の肺動静脈の拡張
・ 奇静脈の拡張
・ 胸水の貯留
などを認めます。
蝶形陰影について示します。蝶形陰影とは、両側の肺門を中心に両肺野へ蝶が羽を広げたように分布した融合陰影をいいます。胸膜下、肋骨横隔膜洞、横隔膜に重なった末梢の肺は侵されずに残っているのが普通です。
心胸郭比について示します。心胸郭比(CTR:cardio thoracic ratio)とは、心陰影の横径と胸郭の横径を比較する方法で、心陰影について最も簡単な測定法です。測定法は、正中線より心臓右縁までの最大距離の右正中間隔と、正中線より心臓左縁までの最大距離の左正中間隔をたした心臓横径を、右心臓横隔膜角の高さにおける胸郭内側の水平距離の胸郭横径で割り、それに100をかけることで求めることができます。正常値は、35%から50%とされており、50%以上は病的とされていますが横隔膜の高さによって変化するので注意が必要です。
鑑別診断について示します。鑑別すべき疾患として、誤嚥性肺炎が挙げられますが、誤嚥性肺炎の場合は、CRPなどの炎症反応の高値を認め、胸部X線写真の浸潤影は遷延することが多く、胸部CT写真で、右肺の下葉に浸潤影を認めることが多いです。肺水腫の場合は、CRPなどの炎症反応の上昇が軽度か、ほとんど正常です。経過としては、急速に胸部X線写真が改善し、胸部CT写真では、肺内にびまん性に肺胞性陰影をきたします。
症例を提示します。
79歳男性で、職業は無職、喫煙歴はありません。2000年1月27日午後9時頃、飲食店にておはぎをつまらせ、救急車にて他院に搬送され、持続点滴施行し、経過観察を行いました。その後、状態は落ち着いていましたが、血痰が見られたため、当院受診し入院の運びとなりました。
入院時の胸部X線写真を示します。右の上葉、中葉、下葉に異常陰影を認め、蝶形陰影を呈しています。縦隔ですが、心胸郭比(CTR)が60%と若干の心肥大を認めます。胸水の貯留は、認められませんでした。
入院時の胸部CT写真を示します。右のS1からS9~10まで、びまん性の肺胞性陰影を認めます。縦隔は、左心室の拡大が認められます。
S3から下の胸部CT写真です。S4からS10まで、先ほどと同じびまん性の肺胞性陰影を呈しています。胸水の貯留は認められませんが、S6にairbronchogramを認めます。
入院から一週間後の胸部X線写真を示します。入院時の胸部X線写真と比べ、右の肺野の異常陰影が消失しています。胸水の貯留も認められませんでした。
入院時から一週間後の、胸部CT写真です。入院時から一週間後の胸部X線写真と同じように、上肺野から下肺野にかけて認められた、びまん性の肺胞性陰影が消失しています。胸水の貯留も前回同様、認められませんでした。また、S6に認められたAirbronchogramも今回の撮影では認められませんでした。
胸部X線写真で蝶形のびまん性陰影を示し、胸部CT写真では、airbronchogramも認めましたが、一週間という短い期間で、胸部X線写真、胸部CT写真ともに、異常陰影の消失を認めたことと、心陰影の拡大も認めていることから、誤嚥性肺炎ではなく、肺胞性の肺水腫であると考えられます。
今回の症例を経験する事で、今まで自分自身が行ってきた鑑別診断の狭さを痛感しました。また、他の症例に対しても、いろいろな疾患を疑い、鑑別していかなければならないということを学びました。